はじめに
タンパク質はアミノ酸がたくさん連なった一本の鎖状分子が折りたたまれた構造をしています。折りたたみは鎖状分子内のアミノ酸同士の水素結合や疎水結合が関わっており、安定な構造をとって機能を発揮するように作られています。その構造には亜鉛や鉄、銅などの金属イオンを含むものがあり、それらの金属が結合している部分では様々な触媒反応が進行します。また、アミノ酸残基の空間位置で機能を発揮するものもあります。酵素は特定の反応を触媒するタンパク質の総称で、タンパク質の加水分解反応を触媒するプロテアーゼや、糖の加水分解反応を触媒するアミラーゼ、脂肪酸エステルの加水分解を触媒するリパーゼなどがよく知られています。そのほか、分子の酸化や還元に関わる酵素もあります。これらの酵素の活性測定は、研究開発だけでなく臨床診断やモノづくりにも活用されています。以下、幾つかの酵素について概要をまとめてみました。
加水分解酵素
プロテアーゼやアミラーゼ、リパーゼなどが代表的な加水分解酵素で、酵素の反応部位に分子の分解する部位を引き込んで水分子を使って切断します。プロテアーゼはアミド結合、アミラーゼはグルコシド結合、リパーゼはエステル結合を切断しますが、それぞれ生産されるものが異なります。プロテアーゼはタンパク質をペプチドやアミノ酸へ変換し、アミラーゼはアミロースやアミロペクチンをグルコース、マルトース、オリゴ糖などへ変換します。リパーゼは脂質を脂肪酸やグリセロール、グリセロールエステルなどへ変換します。
・プロテアーゼ
一般的にプロテアーゼと呼ばれる酵素は基質特異性は低く、たとえばProteinase Kはさまざまな箇所でタンパク質を切断できるため、ほとんどのタンパク質を分解することができます。そのため、基質にはカゼインが使われ、プロテアーゼで分解されなかったタンパクをトリフルオロ酢酸などで凝集させ回収したのち再分散させ、タンパク量を測って減少分から活性をユニット表記する方法が一般的です。フルオレセインなどの蛍光基を導入したカゼインを用いて蛍光で測定する方法や、基質特異性の高いプロテアーゼに対しては、特定のアミノ酸配列を持つ基質の切断部位に蛍光基を結合させた試薬を使い、酵素で切断されて生じた蛍光を測る方法もあります。
・グルコシダーゼ
アミラーゼはグルコシダーゼの一種で、特にアミロースやアミロペクチンなどの分解に関与します。グルコシダーゼにはセルロースを分解するセルラーゼや、マルトースを分解するマルターゼ、スクロースを分解するスクラーゼなど、その基質となる糖によって分類されます。食品加工などに活用されます。アミラーゼ活性は、可溶性デンプンを用い、アミラーゼによって分解されなかったデンプンをヨウ素法で比色測定します。セルラーゼは水溶性のカルボキシメチルセルロースを使って、切断によって生じるさまざまな構造の還元末端量を測って活性を評価する方法や、生じるグルコース量を測る方法もあります。マルターゼやスクラーゼ、ラクターゼはマルトース、スクロースを基質に用い、酵素反応で生じたグルコースを測って活性を求めることができます。
・リパーゼ
脂質のエステル結合やアミド結合を切断し、脂肪酸とグリセロール化合物に分解する酵素で、体脂肪汚れを分解させるための洗剤成分として利用されるほか、逆反応を利用したエステル合成反応にも使用されます。一般的なリパーゼは脂肪酸の構造認識性やエステル結合の位置特異性は低く生体脂肪酸エステル化合物を分解することが可能です。特異性のあるリパーゼとしてはヘビ毒の成分であるホスホリパーゼA2が知られています。リパーゼ活性は、オリーブ油をアラビアゴムとポリエチレングリコールで乳化させたものを用い、一定時間後に生じる脂肪酸量を電位差滴定装置を用いて測定しその量から活性ユニットを求めます。他の酵素と同様にエステル型の蛍光基質を用いて測定する方法も報告されています。
リン酸化酵素(キナーゼ)
リン酸化酵素には糖などの低分子をリン酸化するものとプロテインキナーゼのようにタンパク質をリン酸化するものがあります。アデノシン三リン酸(ATP)の末端のリン酸基を各分子に付加するための酵素で、低分子ではヘキソキナーゼやクレアチンキナーゼ、タンパクでは分裂促進因子活性化キナーゼ(MAPキナーゼ)などが広く知られています。プロテインキナーゼは種類が極めて多く、低分子化合物のリン酸化酵素はエネルギー代謝に重要な役割を果たしており、タンパクリン酸化酵素はシグナル伝達の役割を担っています。リン酸化酵素活性の測定にはリン酸化された部位特異的抗体を用いる免疫学的測定法や、p-ニトロフェニル基の脱離を測る方法があります。
酸化還元酵素(オキシダーゼ、デヒドロゲナーゼ)
基質となる物質を酸化する酵素をオキシダーゼ、還元する酵素をデヒドロゲナーゼと呼びます。基質は糖、アルコール、乳酸、アスコルビン酸など様々で、糖ではグルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼがあります。生体内では代謝などに関与する酵素ですが、特異性の高さによってさまざまな基質の濃度測定に利用されるものもあります。グルコースオキシダーゼなど酵素反応によって過酸化水素が発生する場合には、その発生量をペルオキシダーゼと発色色素を組み合わせて測定し、一定時間当たりの吸光度変化から活性値を求めることができます。色素には水溶性のアニリン誘導体(新トリンダー試薬)と4-アミノアンチピリン(4-AA)などが用いられます。脱水素酵素では、補酵素であるNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)から反応によって生じるNAD還元体(NADH)の蛍光を測る方法と、電子メディエータおよび水溶性テトラゾリウム塩(WST類)を使って高感度に測定する方法が一般的です。
おわりに
生体内の酵素は必要な時に必要な活性を持って目的とする反応を行い、それが達成されると活性を失い消失していくようなイメージを持っていますが、多段階に渡る酵素反応によって制御される例も数多く見られます。反応に関わる酵素が丁度いい距離や数で機能していることを想像すると、途方もないことに思われます。しかしながら、私たちの動きに当てはめてみると、人が集まって社会を築いていく際には大小さまざまな単位で技術や能力を持つ人たちが必要な時に特定の場所に集まって方針を決定し、それに従って設計図を作り、必要な資材を調達し組上げて必要なものを作っていきます。また、課題が起きればそれに対処する仕組みが働きます。それが世代を超えて続いていきます。一つの細胞で機能している酵素の数がどれくらいなのかは分かりませんが、日本の職業の数は約20,000ほどといわれていますので、機能する社会=機能する細胞と考えれば数万種類の酵素が必要な数と特定の場所で働くと細胞を維持し続けることができそうです。的外れな見方かもしれませんが、酵素の動きを私たちの活動に重ねてイメージすると細胞の中の反応の途方もなく見える仕組みが少しは理解しやすくなる気がします。
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