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脂質・脂肪酸分析について

更新日:9月21日


はじめに

菌やウィルスから動物、植物に至る生物は、脂質から構成される膜構造によって形作られています。膜にはタンパク質やコレステロールなどの分子が数を制御しながら配置され流動しながら生命としての活動を維持できるように動いて(あるいは何らかの刺激の結果として動かされて)います。膜に囲まれた内部では、それらの分子によって獲得された外部情報に従い的確な応答をする仕組みが動き、それの集合体が菌や菌の集合体、動物、植物の個体としての動き、例えば忌避行動、食物摂取行動、生殖行動、協調行動、排除行動などの動きとなって現れてきます。これらの行動と脂質分子の動態に関連性があるという根拠はなにもありませんが、少なくとも、それらの行動に至る過程において結果的に制御する一つの因子になっている可能性はあります。ここでは、生命の基本を司る膜構造の本体である脂質分子に含まれる脂肪酸を解析する方法をご紹介します。


脂質分子の種類

脂質分子は、その構造に含まれる脂肪酸の多様性から理論的に数千個の分子が存在している可能性があります。例えば、大きく分けてリン脂質、糖脂質、グリセロ脂質、コレステロールエステル、リゾリン脂質、スフィンゴ脂質、遊離脂肪酸などがあり、それぞれの脂質群に対して、さまざまな構造の脂肪酸(短鎖、中鎖、長鎖、飽和、不飽和:一価、多価、側鎖、官能基付加体など)が組み込まれることによって、作り出される脂質分子の数は膨大になります。図1に脂質分子の構造(一部)を示します。脂肪酸は種によっても異なり、哺乳類の場合はほとんどの場合直鎖偶数炭化水素鎖から構成されますが、菌類には奇数炭化水素鎖や分岐炭化水素鎖も見られます。脂質分子は環境に応じた生命の進化の過程で構造を変えながら数を増やしていったと考えられ、今もその過程にあって今後も環境の変化に応じた生命進化の中で新たな脂質分子が生まれてくると考えられます。

図1 脂質分子の構造


古細菌は別として、動物、植物、微生物に関わらずリン脂質は主に細胞膜やオルガネラ膜を形成する脂質分子で、トリアシルグリセロールやコレステロールエステルなどは脂肪滴に大量に含まれ、エネルギー貯蔵オルガネラとして働くことが知られています。細胞が刺激に応答する場合、細胞膜タンパクが引き金になって様々な反応が進行して結果的に細胞の動きとして現れると思われます。その場合、細胞膜の脂質分子組成が変化するかどうかは分かりませんが、もし変化するとした場合それらの分子の量や位置を制御する仕組みは不明です。また、神経細胞など樹上突起を持つ構造の膜の脂質分子と血球細胞など球状の細胞の脂質分子では、その組成は大きく異なると推察されます。温度変化によって細胞膜を構成する脂質分子の組成が変化し、低温では流動性の高い脂質分子が増え、高温では流動性の低い脂質分子が増えることによって膜の流動性を保持しているとされています。このように脂質分子が環境によってどのように影響を受けているかは少しづつ明らかになりつつありますが、まだ数多くの分からないことがあり、今後の研究の進展が待たれます。


脂質分子の解析方法


ある瞬間の脂質分子の位置を調べることができる技術は開発されていて、組織レベルで脂質分子や脂質代謝物の量の変化や局在を網羅的に観察することができます。この技術を用いて疾病に伴う脂質分子の局在の相違や、刺激前後での脂質分子の動態などの観察により、将来的には疾病との相関を見出し治療につなげることも可能かと思われます。課題は膨大なデータを解析し因果関係を見出すための時間と費用がかかることで、誰もが実施できるものではありません。そのため、現在、2021年にスタートしたERATO有田リピドームアトラスプロジェクトが進行中で、脂質分子の多様性の生物学的意義を解明し、それによって診断や治療、創薬へつなげるための脂質に関する包括的な研究が行われています。ここでは生体における脂質多様性制御や局在の調節機構の解明、ひいては脂質が関わる生命現象の姿を描き、脂質制御の破綻によって生じる疾患の原因究明へとつながることが期待されています。以下においては、一般的な脂質分析と脂肪酸分析についてご紹介します。


脂質分子の分離

薄層クロマトグラフ法(TLC)

脂質分子は脂溶性の高い順に、コレステロールエステル、トリアシルグリセロール、遊離脂肪酸、コレステロール、リン脂質であり、展開溶媒を工夫することにより、シリカゲル薄層クロマトグラフ(TLC)によって分離することができます(図2)。このTLCを用いる脂質分子の分析は、有機溶媒を扱える環境であれば、ガラス製チャンバーを手に入れ、シリカゲルを薄く塗布したガラス基板を購入しさえすれば、比較的容易に実施することができます。サンプルから脂質成分をクロロホルム/メタノール混合溶媒で抽出し濃縮したあと、微量のクロロホルムに溶解しスポットして展開して発色剤で検出すると下図に示すような位置に脂質分子が現れます。



トリアシルグリセロールのみ、あるいは遊離脂肪酸のみなど、分離して分析したい脂質がある場合にはサンプルをTLC展開した後、その部分を取り出して有機溶媒で抽出し脂肪酸分析することが可能です。また、様々な濃度に調製した標準品をスポットし、蛍光量の比較から含まれる脂質分子の量を画像解析によって定量することができます。サンプルごとの各遊離脂肪酸量の変化や、総脂肪酸のどの脂肪酸量が変化したかをその後のGC/MSによる脂肪酸分析で確定します。

高速液体クロマトグラフ法(HPLC)、超臨界流体クロマトグラフ法(SFC)

脂質分子の分離同定で最もよく使われる機器は高速液体クロマトグラフ/質量分析器(LC/MS/MS)で、様々な担体が用いられます。この分析では、カラムと展開溶媒を検討しながら分離条件を見出すことが重要になってきます。分離した試料は質量分析計に入り込んでいくため、基本的に不揮発性の化合物は使用できません。また、遊離脂肪酸を含む脂質分子を溶解させる溶媒の選択肢も限られてきます。それらの課題を克服する方法としてSFC法が用いられています。流体として高圧室温で臨界流体となる二酸化炭素を用い、脂質分子の分離分析が行われています。二酸化炭素の臨界温度は31℃、臨界圧力は7.38 Mpsで比較的低温で臨界状態となることと、様々な物質を溶解できるため、よく用いられる媒体です。超臨界状態では、密度や粘度が大きく低下するためクロマトグラフには有利な特性といえます。また、カラムの選択やアルコールなどの別の溶媒を添加することにより高極性の物質の分離も行うことができるようになっており、異なる特性を持つ化合物の一斉分析も可能となっています。


さまざまなサンプルの脂肪酸分析

脂質分子には脂肪酸が含まれており、その脂肪酸を分析することにより、組織や細胞の状態を理解するための情報を得ることができると考えられます。脂肪酸を分析するためには、まず脂質成分を抽出し、脂肪酸のメチル化を行い、ガスクロマトグラフー質量分析計(GC/MS)で分析するのが一般的です。LCに比べGCは分離能が高く各脂肪酸を分別することができると同時に、MSを用いて脂肪酸分子を確定させることができます。この際、標準となる脂肪酸を用いて、定量分析を行うことにより脂肪酸の構造と含まれる量を確定させることができます。また標準品が入手できない場合においても、類似構造の脂肪酸の分離パターンから構造を推定することも可能です。動物や植物、微生物、菌類の脂肪酸組成は、それぞれの種類別、組織別にある程度決まっています。動物の脂肪に含まれる脂肪酸は飽和型が多く、植物の脂肪には不飽和型が多い、イワシなど魚類にはEPAやDHAなどの多価不飽和脂肪酸が多く含まれるなど、食品摂取における健康面での脂肪酸組成についてさまざまな情報があふれています。脂肪酸組成については、いくつかのサンプルを分析した結果を弊社の脂肪酸分析サイトに掲載してありますのでご覧ください。

目的はさまざまですが、脂肪酸や有機酸の分析事例は以下のとおりです。

  • 血液細胞に含まれる各脂肪酸量の分析、脂肪酸組成の分析

  • 動物組織の各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 植物組織の各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 培養細胞の各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 細胞培養培地に含まれる各脂肪酸種の分析

  • 微生物の各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 菌類に含まれる各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 各種飲料に含まれる各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 植物の各組織に含まれる各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 餌等に含まれる各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 糞便等に含まれる各脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • ウシ胃液の各種脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 藻類の各種脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 昆虫表面の各種脂肪酸組成の分析

  • メタン発酵槽の各種脂肪酸量、脂肪酸組成の分析

  • 発酵処理後の各種脂肪酸量、脂肪酸組成の分析


おわりに

脂質分子の多様性は、生命が進化の過程で必要とするために生み出されたものと考えられますが、一般的な見方として、最初は環境中に存在した分子によって膜構造ができて外と内が生まれ、その中で私たちが生命と呼ぶ複製能力を持つものが生まれたとされています。地球上でかどうかは分かりませんが、脂質分子で包まれた構造に生命の火が灯った瞬間は確実にあり、そこから進化と呼ぶ変化、淘汰による最適化が始まることになります。膜構造が生まれたのは単に有機分子の物理的な集合からですが、そこから生命が生まれるまでの過程にはまったく想像が及びません。確率論でいえば複製に必要な分子が揃っている状態における偶然の産物として複製する膜構造体ができたと考えていいかと思いますが、それがどのようなものかを想像することは難しく、生命の複雑さや柔軟さには圧倒されます。




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